社畜に許されたのは10分の休憩。
飯買ってきます!
急ぎ足で店を出てコインパーキングに向かう。
隠したライターを塀から抜き取り、1本だけ忍ばせたヨレヨレのラッキーストライクをポケットから引っ張り出す。
そう、飯など買わない。
なんなら毎朝焼きおにぎりとドーナツを買って出社時刻ギリギリに滑り込む時間調整を行っている。
煙を燻らせながら思う。
春夏秋冬タバコは美味い。
生涯禁煙という会社の謎ルールから隠れて吸う一本は尚更、美味い。
タバコ辞める前に会社辞めるのかぁって1人でケラケラ笑う午後4時のことである。
喫煙所(コインパーキング)からの空
秋の訪れを感じながら想う。
なぜタバコを吸い始めたのか。
いろいろ理由はあるがきっかけは確実に親父であろう。
喫煙者の両親の元に生まれた自分は特にタバコに抵抗はなかった。
なんなら匂いを嗅ぐと落ち着くなぁと子供の頃から思っていた。受動喫煙の申し子。喫煙の英才教育である。
親父はドライブが好きだった。
ことある事に小学校を早退させられ海へ山へと連れていかれた。教育を受けさせる義務ガン無視。
洋楽ブーム世代ドンピシャの親父はQUEEN、Prince、MJ、Jamiroquai等々を流しまくっていた。
自分の洋楽趣味のルーツは確実にここである。
しかし、ネットに自由にアクセスできるようになり、自分でディグる頃には3/4が死んでいた。
お気に入りと思われる曲が流れるとおっと言いながらタバコを咥える。
窓を開けるため後部座席には音楽は届かなかった。
綺麗な景色が見え始めるとタバコを咥える。
副流煙が目に染みてあまり見えなかった。
小学6年の北海道14泊旅行中、稚内の海辺にある高台でキャンプをしていた時のことである。
親父は真夜中にゴソゴソとテントから這い出て行った。
小便ついでに少し遅れて外に出た自分が目にしたのは、木の上でタバコを咥えながらカメラをじっと構えている親父の姿であった。
「……イカ釣り漁船の光が綺麗なんだよ」
ぶっきらぼうにそう言い、撮れた写真を見せてくる。
長時間開放されたシャッターは、ゆっくりと進む漁船たちの光の軌跡を採り入れていた。
写真もクールだったが、海からの弱い光に照らされ、カメラを構えながらタバコを燻らすいい感じにハゲとヒゲが調和した親父の方が何十倍もクールだった。
ランドセルを自室に置かなかったせいで蹴っ飛ばされたあの日のことや、無理やりポケバイに乗せられ事故らされたあの日のこと、橋から川に投げ入れられたあの日のこと、グーパンで奥歯の乳歯がガタガタになったあの日のことも、もはやどうでもよかった。
親父の吸っていたタバコはマイルドセブン。
ボックスの3mm。
今はメビウスの名前になっている。
自分が吸い始めに選んだタバコもメビウス。
ボックスの3mm。
最初は何となく喫煙を家族に隠していたが、ある時、換気扇の下で親父の横に立ち吸ってみた。
「……吸ってんのか?」
「昔から吸ってたようなもんでしょ」
「何吸ってんだ?」
「おんなじの」
「……ほーん」
親父の八重歯がちらっと見えた。
今は親父も歳をとり、1mmを吸っている。
息子も歳をとり、英才教育のおかげで11mmを吸っている。
今でも換気扇の下での会話は大切な時間だ。
横で吸うと親父はいつも少し嬉しそうに、また背伸びたんじゃねえかと言う。
親父が縮んだんだよといつものお返しをする。
もう頭一個分も違うから不毛地帯、もとい将来の自分が丸見えだ。
退職を後押ししてきたのも実は親父であり、やはり換気扇の下でだった。
親としては息子がやりたいことやって欲しいわけよ。 とだけ言う親父はやっぱりクールだった。
ビール腹にはなったが。
とまぁ、生涯禁煙ルールの会社であってもタバコをなんとなく辞められない理由はニコチンへの依存や自分の意思の弱さが原因ではないんじゃないかと思う。
絶対に違う。
ラッキーストライクも悪くない。
だって洋画の俳優が吸ってるのカッコイイんだもん。
しかし、そろそろメビウスに戻そうかなぁと思う。
だって増税しても500円切るんだもん!
親父がカッコイイからではない。
絶対に違う。
オヤジのうた, a song by Ulfuls on Spotify